王立オーティン大学の学生食堂カフェテラス。その場所を知っている者にとって、「あそこ」、或いは「カフェ」で通じるだろう。
しかし、行ったことの無い者、初耳の者が聞いたならば、「どこだよ?」と首を捻るのも致し方無し、宜なるかな。 オーティン大学が有る場所「王都」、及び王都を要する「王領」の位置を確認したい。先ず、王領の位置に付いて。
王領は、アゲパン大陸北東端に聳える峻険な山脈「ピタラ」麓に幅広く展開していた。次に、王都。
王都オーティンは、王領北東端、ティン王国最奥に位置している。そこは「国王の在所」と言うことで、大量の資金、資材を投入して、最高の景観と最強の防衛機構を誇っている。 都市の地面は白い石畳、ピタラ山脈にある「ピタラ石」と呼ばれる白い石を四角く切り出し、それをたを隙間なく、定規で測ったかのように敷き詰められていた。 都市を囲む城壁もまた、雪山のように白く、高く、分厚い。それを見た者に「ピタラの一部」と錯覚させた。そのような高壁が、王都最全体と、王城の敷地の周りを二重に囲んでいる。 因みに、王都民達は最外縁の城壁を「外壁」、王城の敷地を囲む内側の城壁を「内壁」と呼称している。 外壁から内壁までの間が、所謂「城下町」。「王立オーティン大学が何処に有るか」と言うと、実は内壁の中、王城の敷地内に立っていた。王立オーティン大学。その外観は、ゴシック調でありながら「地球の学校」を彷彿とする四角四面の長方形型。その色も真っ白――だったものが、今は汚れて灰色になっている。
そもそも、オーティン大学の歴史は古く、王国の教育機関では「最古」だった。
大学を建てた(建てるよう命じた)者が、建国の王オーティン・ティンなのだ。その所以も有って、ティン王国では「随一の権威」を誇る教育機関となっていた。
王国内で学問を志すならば、「第一志望」から絶対外せないだろう。正に「名門中の名門」。ここに入れたならば将来安泰。一家の繁栄は約束されたも同然だった。 だからこそ、王領内は元より態々他の領土から受験する者は存外に多い。その内訳は、貴族八割、一般二割。王族となれば立場上在籍必須だった。王国第一王子(下に弟が一人)、デッカ・ティンの名前も学生名簿に書き込まれていた。
デッカが大学構内を一人で歩き回っていたとしても、誰も不思議に思わない。むしろ、「今日もデッカ殿下のお姿(主に『デカいティン』)が見られて幸せ」と歓迎されていた。
デッカのティンに畏敬の念を覚える者は存外に多い。今日も今日とて、デッカに羨望の眼差しが向けられていた。そのはずだった。 ところが、今日に限って、デッカの姿を見掛けた者は、全員一様に首を捻った。はて? 王族の方々は「昼食の時間」では?
王族の昼食。それは一日の食事の内で「メイン」と言えるほど特別なものだ。その為、最多量にして最豪勢。食事を終えるまでには、それなりに時間を要した。
実際、他の王族達は今も食事中だった。デッカとしても「家族と食事を楽しみたい」という想いは有った。なにより腹の虫が騒いでいた。 しかし、「今」は呑気に食事に興じる訳にはいかなかった。急がねば、ああ、急がねば。
デッカは「急用」の為、昼食を抜いて「大学食堂のカフェテラス」へと向かっていた。
現在時刻は午後十二時半ほど。約束の時間まで未だ三十分も有る。それでも、デッカは焦っていた。何とか「彼女」の耳に入る前に――間に合ってくれ。
デッカとしては、今直ぐ全力疾走したい気分だった。
しかし、一般学生が「全力疾走する王族」を見れば、「何事か?」と不安を覚えるだろう。要らざる混乱をもたらすことは、デッカとしても本意ではない。 デッカは、なるべく平静に、普段通りを心掛けながら、目的地が有る場所、視界に映った「灰色の山」に向かって全力歩行していた。一方その頃、オーティン大学食堂カフェテラスには「一際大きなティンティン」を持つ令嬢の姿が有った。
昼食時ということも有って、白を基調とした巨大建造物(食堂)には学生達の姿が有った。
その建物の前庭が、件の「カフェテラス」。そこには白い一本脚の丸テーブルが幾つも置かれていた。 テーブルを囲んで、白い背もたれ付きの椅子が、三脚、或いは四脚囲んでいた。 そこにも学生達の姿が有った。しかし、彼らはみな端っこのテーブルばかりについていた。中央部分はがら空きだった。そのど真ん中に、一人の少女の姿が有った。リザベル・ティムル。ティン族史上最大のティンティンを持つ少女。未だ「十五歳」という若年でありながら種族の頂に立つ女傑。
人々の羨望を集める存在であることは、リザベル本人も自覚していた。その為、人前では堂々と振舞うよう心掛けていた。 今も、カフェテラスのど真ん中に置かれたテーブルの席で、ノンビリ食後のお茶を嗜んでいるところだ。その美麗な姿、彼女の優雅な所作を見た者は「流石でございますわ」と心中で拍手していた。 そのような光景も、リザベルを含めた人々の心情も「いつものこと」だった。 しかし、今日のリザベルは少しだけおかしかった。リザベルは現在進行形で茶を嗜んでいる。そのはずだった。しかし、実はカップに口を寄せているだけで、全く茶を飲んでいなかったのだ。
幾ら平静を装っていても、「今」のリザベルは、ノンビリ茶を嗜んでいられるような精神状態ではなかった。
ああ、デッカ様。私(わたくし)に何のお話が有るのでしょう?
大事な「昼食時」にもかかわらず、デッカはリザベルを呼び出した。その用件に付いて考えると、彼女の心は「台風の日に干した洗濯物」のように激しく揺れた。脳内に「最悪の可能性」が閃く度、逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、リザベルは逃げなかった。私でお役に立てることが有るならば、例え火の中水の中、ですわ。
リザベルは固い覚悟を胸に秘め、何と「指定時刻より一時間も早く」現地に赴いていた。
当然、デッカの姿は無い。その事実は、リザベルを不安にさせた。叶うならば、今直ぐデッカの傍に馳せ参じたいくらいだった。
しかし、そこは王国最前線を守護する辺境伯の娘(長女)。父、アズル・ティムルの教え「食える時に食っておくべき」を尊重して、気が進まないながらも食事を摂った。それも「一般大学生の三倍」ほどモリモリ食べた。それでも、リザベルとしては抑えた方だった。リザベルは、その細身に似合わず健啖家だった。
これまでのリザベルの半生に於いて「出された食事を残したこと」は一度も無かった。そのはずだった。
ところが、今日に限って、リザベルは「食後の茶」を飲み干すことができなかった。ああ、デッカ様。あああああっ、デッカ様。
リザベルはデッカが来るよう願ったり、来ないよう願ったり、自分でもどうしようもない複雑な感情に翻弄されていた。
その最中、一陣の春風が吹いた。「『リザ』、済まない」
「!」春風に紛れて、低音の美声が響き渡った。それに反応して、リザベルは声の主を見た。
そこには、「一際デカいティンを持つ貴公子」が立っていた。終に来ましたわ。我が待ち人、デッカ・ティン様。
ああ、終に来た。我が最大の難関、リザベル・ティムル。デッカは、リザベルの姿を認めるなり、彼女を「愛称」で呼んだでいた。その瞬間、不安げだったリザベルの顔が艶やかに綻んだ。
「デッカ様――」
リザベルの美貌に満面の笑みが浮かんだ。しかし、それは一瞬で消えた。
無様は晒せませんわ。
リザベルは直ぐ様令嬢然とした澄まし顔をした。その表情は、デッカの心底に燻る不安を煽った。
「待たせてしまったか」
デッカは「申し訳ない」と頭を下げてから、リザベルのテーブルに近付いて、対面の席に腰を下ろした。
デッカが着席したところで、リザベルは静かにティーカップを置いた。続け様にユックリ立ち上がって、両手で制服のスカートの両端を摘まみ、右足を下げ、左膝を軽く曲げて、「『お久しぶり』に御座います、デッカ殿下」
デッカに向かって丁寧な挨拶(カーテシー)をした。その行為、所作は、誰もが見惚れるほど優雅だった。
しかし、この場に居合わせた学生達は、リザベルの「お久しぶり」という言葉を聞いて首を捻っていた。昨日もお会いしていたのでは?
デッカとリザベルは同じ大学に通う同級生。選択している講義も殆ど、いや、全部同じものを取っている。
尤も、午前中はデッカが王城にいる場合が多く、二人の出会いは午後からになりがちではあった。 しかしながら、二人は毎日のように大学で会っていることは事実。それを知る学生達にしてみれば、「お久しぶり」も何も無い。彼らが首を捻るのも致し方なし、宣なるかな。しかし、言葉で分かり合えるほど、「人間」という生き物は単純ではない。学生達の感覚(常識側)では、リザベルの心情(非常識側)は理解し難かった。
ああ、デッカ様。十八時間五十三分ぶりでございます。こんなに会えない時間が長いと、私どうにかなってしまいそうでした。
リザベルとしては毎秒、それも永遠にデッカの傍に居続けたかった。一秒たりとも離れていたくは無かった。それを半日も我慢していたのだから、その根性と自制心は「天晴れ」と褒められて然るべき(ですわ)。と、リザベル本人は思っている。
尤も、リザベルの心情が他者に分かる訳がない(聞いたとしても理解できない)。デッカにしても、リザベルの落ち着き払った様子を見て、一抹の寂しさを覚えていた。
しかしながら、一方では「より以上の安堵」を覚えていた。ああ、良かった。未だ「あのこと」はリザの耳に入っていなさそうだ。
あのことと。それは、デッカが「リザベル以外の女性のティンティンを触った」という裏切り行為に他ならない。叶うならば、今生でリザベルの耳に入れたくなかった。
しかし、それは叶わぬ願い。それが良く分かっているからこそ、デッカは清水の舞台から飛び降り、そのまま地面に空いた虎穴に飛び込み、底で燃え盛る火中の栗を拾おうと、リザベルを呼び出したのだ。今、デッカは自ら望んで窮地に立った。
デッカの足下には「リザベルの逆鱗」という地雷原が広がっていた。
一触即発。踏めば即爆発。息をするのも気を遣う。そんな危機的状況にあって、デッカは「自前の爆弾」を用意して、その起爆装置を――「実は、今朝のことなのだが――」
全力で押し込んだ。
デッカは「今朝の出来事」を、極力控えめな表現で、正直に話してしまった。その話が終わった瞬間、カフェテラスから「音」が消えた。「「「「「…………」」」」」
時間が止まった。そのように錯覚するほどの静寂。それを打ち破った勇者は、リザベルだった。
「その女性の――『ティンティンをお触り』になった? と?」
「まあ、はい。そうです」 「…………」ティンを触る。ティン族にとって、その行為は特別な意味を持っていた。
簡潔に言えば、「主従関係を結ぶ為の儀式」というものだ。それが転じて、異性に対しては「婚姻関係を結ぶ儀式」とされていた。デッカは婚約者を持つ身でありながら、他の女性のティンティンを触った(摘まんだ)。その事実を、たった今、婚約者当人に告げた。
それを聞いたリザベルの心情が穏やかであろうはずも無い。瞬間湯沸かし器並みの速度で怒り狂って当然だろう。ところが、「そうですか」
リザベルは平静だった。彼女の顔は全くの無表情だった。その様子を見れば、「落ち着いているな」と思えた。いや、思いたかった。
しかし、現況の静けさは、嵐の前のそれだった。「デッカ様」
「はい」 「もう一度、確認いたします」 「はい」 「その女性の『ティンティンに触れた』のでございますね?」 「は、えっと――」リザベルの口調は、平静ではあった。しかし、冷淡だった。それこそ、彼女の級友アリアナ侯爵令嬢を彷彿とする、いや、それ以上に冷たかった。その声を聴いた瞬間、全員の耳が凍り付いた。
滅茶苦茶痛いっ!!
カフェテラスに居合せた殆どの者、デッカとリザベルを除く全ての者が、声にならない悲鳴を上げながら、耳を抑えて蹲った。
俺達、このまま死んでしまうのでは?
その場にいた誰しもが、己の不運を呪った。神様に救いを求めた。
すると、「一人の男」が応えてくれた。俺が何とかするしか――無い。
デッカは一命を賭す覚悟で「動く氷結地獄」に挑んだ。
「俺は王族の務めを果たすべく――そう、『手袋』だ。手袋を嵌めて、手袋越しに、彼女のティンティンに、手袋で触れたんだ」
デッカは、敢えて「手袋」を強調した。その事実は「儀式の正当性を否定する要因」となり得るものだった。少なくとも、デッカはそう思っていた。ところが、
「『触れた』のですよね?」
リザベルの関心は「デッカが自分に外の女性のティンティンに触れた」という事実のみ。他の要素など、全く眼中に無かった。
リザベルの質問は、「最後通告」或いは「死刑宣告」に等しいものだった。デッカとて、その可能性、いや、事実は痛いくらいに理解していた。しかし、「――――…………はい」
デッカとしても、「触れた」と言った以上、それを否定することはできなかった。
「そう――……ですか」
リザベルが声を上げると、周囲の空気が震え出した。それに併せて彼女の足下の地面までもが震え出した。
周囲の者の視界に、「リザベルの長い髪が『炎』のように揺らめきながら逆立つ様子」が映っていた。俺達は今、地獄の真っ只中にいる。あそこに「地獄の魔王」がいる。
修羅場は不可避だった。誰もがそう思っていた。誰もが自分の最期を直感していた。
しかし、希望は有った。救世主がいた。いや、そもそも「全てそいつのせい」ではあった訳だが。「リザ」
「…………」デッカはリザベルを愛称で呼んだ。しかし、リザベルの顔に笑顔は無かった。それでもデッカは挫けなかった。
「君に頼みが有る」
デッカはリザベルに話し掛け続けた。その行為に意味は有った。
デッカには「秘策」が有った。「それ」を思い付けたのは、実は「今回の件」のお陰だった。 ティン族にとって「ティンに触れさせる」という行為は「全てを捧げる」ということを意味する。ティン族ならば誰もが知っていることだ。リザベルも熟知している。 だからこそ、デッカは「それ」を利用した。「俺のティンを握ってくれ」
デッカはリザベルに全てを捧げた。
果たして、リザベルはデッカのティンを握るのか? デッカは破局の危機を乗り越えることができるのか? 王国滅亡の危機は回避できるのか? カフェテラスに居合わせた学生達は救われるのか? この話を続きを読んで下さる心優しい素敵な読者は現れるのか?
次回、「第五話 私のティンティンをお握り下さいませっ」
握り合えば分かり合えるのか? それは、神であっても分からない。
※拙作をお読み下さり感謝いたします。
宜しければ評価、感想などを頂けますと、涙が出るほど嬉しいです。 今後とも宜しくお願い致します。アゲパン大陸東端に位置する島国は、他国から「ジポング」と呼ばれている。 しかしながら、それは飽くまで他称。ジポング国民は、自国を「帆本」と呼称している。 何か、こう、火山噴火と同時に「ひょっこり」しそうな名前である。これもまた、島国故の感性か。 そもそも、ジポング――帆本は島国故、他国からの影響が少ない。帆本内では「帆風」という独自の文化が発展している。 王都「江都」の構造も、その内の一つ。 江都を上から見ると、川と見紛う大きな堀が「右巻きの渦状」になっている。江都城の城下町は、その間に挟まるように展開していた。 渦の中心に将軍の居城「江都城」。その御膝下に「武家街」。更に外側を「町人街」――と、いう順番だ。江都城には、真っ直ぐ辿り着けない構造となっている。 一応、城下町にはメインストリートが有る。しかし、それらは途中で建物、壁、なんやかんやの障害物にバッサリ遮られている。支道も袋小路ばかり。初見で江都城まで辿り着くことは難しいだろう。それ以前に、迷子になること間違いなし。 そんな「迷宮」のような場所で「祭」が開催されている。それも、全宇宙に名を轟かせている奇祭、「褌祭」だ。 褌祭を見学しようと、外宇宙から異星人までもがやって来るとか来ないとか。 まあ、仮に「やってきた」としても、現地民は無視する。発祥の地である地球の人々であろうとも、江都の都民達であろうとも、全力で無視する。 何しろ、褌祭の開催期間中は何かと忙しいのだ。それこそ人の心を亡くすほど。「今、正に開催中」となれば尚更だ。 些事に構っていられるほど、皆は暇ではない。例え異星人を見付けたとしても、「祭」以外に興味関心を覚えられる状態ではなかった。 今、江都城下町人街のメインストリートには、江都中の都民達が大勢詰め掛けている。それなりの広さが有る大道が、黒山の人だかりで埋め尽くされている。宛ら「満員電車の鮨詰め状態」と言ったところ。蟻の這い出る隙間もない。そのはずだった。 ところが、蟻より遥かに大きな物体が「ぬっ」と湧いて出た。 人海のど真ん中に、「屋根付きの箱」が覗いている。それを押し上げているものは、「半裸の男達」だった。 男達が担いでいる箱は、ジポングの「神輿」という。 男達の格好
武士の国ジポングの首都(王都)を「江都」という。他国の王都同様、王(ジポングで言うところの『将軍』)の居城を中心に、城下町が広がっている。 王城――江都城の周りには堀が有ったり、城壁が有ったりする。しかし、城下町には何の防衛機構も無い。「平和だね?」と、いう訳ではない。 実は、城下町自体が江都城の防衛機構なのだ。城下に暮らす領民は、ちょっとだけ涙目になっても良い。 尤も、そこは武士の、武士に因る、武士なりの考え。元より籠城戦となれば、領民を城に押し込めるつもりなのだ。城内には領民を匿う設備や、備蓄がタンマリ有った。まあ、それはそれとして。 現在、江都城内、他国でいうところの「謁見の魔」に、奇妙な「男女」の姿が有った。 歳の頃五十代――もしかしたら四十代後半と思しき男性と、十代前半――もしかしたら十歳未満と思しき女性。 二人は一見、親子。しかして、その実態は夫婦。しかし、只の夫婦ではない。二人の額から「大人の手」と形容できるほど大きな「角」が生えていた。 明らかにティン族。それも、王侯貴族級にデカい。さもありなん、宜なるかな。二人は王族だった。 ティン王国国王ムケイ・ティンと、その妻、王妃マルコ・ティン。 そんなやんごとない身分の二人が今、畳敷きの広間のど真ん中で、武士達に囲まれながら平伏していた。 何してんねん? 居合わせた武士、ジポングの為政者(将軍の近習)達は、二人の正体を知らない。それでも、「絶対に只者ではない」と直感して、二人をジト目で見詰めていた。彼らの主である将軍、徳下良月も「何かトンデモナイのが来ちゃってるぞ」と思いながら、引きつった笑みを浮かべていた。 そんな異様な雰囲気の中、平伏していた男女の内、男性の方が声を上げた。「余――いや、我が王ムケイ陛下から、将軍様宛の『親書』を預かっております」 親書。そこには現況の理由や意味が書いてある――かもしれない。居合わせたジポングの為政者達は、親書の内容に期待した。それを確かめたい気持ちも沸いた。 しかし、その前に「ちょっと気になること」が有った。 今、「余」って言ったよな? 余。とても偉い人が使う一人称である。それを許されている存在は、惑星マサクーンに於いては「王」、ジポングに於いては「将軍」唯一人。その事実は、将軍良月を含め、
奇妙な広間だった。藁を編んだ「畳」という床の上に、髪を結った複数名の中高年男性が座っている。その男達は、それぞれ「裃《かみしも》」と呼ばれる東方の民族衣装をまとっていた。 ここは異国。アゲパン大陸の東端に在る島国。その名も「ジポング」という。 現況は「ジポングの支配者」の居城だ。その中に有る大広間、他国で言うところの「謁見の間」であった。 一見、「変わった謁見の間」である。しかしながら、構造や機能は他国のそれと同じだ。 広間の最奥は「厚畳」と呼ばれる一段高い場所になっている。そのど真ん中に、歳の頃四十後半、或いは五十か? よほど苦労しているのか、年齢を特定し難い老け方をした男性が胡坐を掻いて座っていた。 その男――よく見ると、ちょっとイケメン。「若い頃はさぞやオモテになられた」とは、想像に易い。 しかし、実は一途な愛妻家。奥さん以外の女性に指一本触れていない。 その「貞操観念の権化」というべき男の名は「徳下良月《トクシタ・ラツキ》」という。 良月はジポングの武士を束ねる総大将であり、それ故にジポングを支配する「王」だ。ジポングでは、王のことを「将軍」という。良月は二十二代目の将軍だ。 その良月の前に、奇妙な二人組が平伏していた。 良月と同年代の男性と、十代前半と思しき少女。 それぞれ、ジポング的に「異国の衣装」をまとっている。しかし、奇妙なのは意匠だけではなかった。 男女の頭には「角」が生えていた。それも、「大人の手」と形容するほどデカいやつが。そのデカさは――そう、「王侯貴族級」なのだ。一目瞭然なのだ。 ところが、当人達は全力で身分を偽っていた。「我々は、ティン国王ムケイ陛下から遣わされた使者に御座います」 五十代男性が自己紹介した際、良月を含めた武士達が一斉に首を傾げた。 それ、絶対嘘だよね? 皆、男女の頭に生えた角――「ティン(或いはティンティン)を見ていた。実際、「それ」が一番分かり易い。しかし、例えティンが無かったとしても「普通の使者」とは思わなかっただろう。 ティン族の使者(自称)達の体から、抑えきれないほどの威厳が漂っている。それも、自分達の王(将軍)をも凌ぐほど。 このような偉人が、只の使者のはずが無い。 誰もが「これ、ほんとマジヤバいやつ」と直感していた。そして、「それ」は正鵠ど真ん中を深
アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。 ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。 その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。 ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。 何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木(ゲッパク)製の建造物」に有った。 それは、急造した「野外舞台」であった。 舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。 人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。 その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。 お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。 実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。 そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。 お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。 今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。 物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。 しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。 舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。 そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助《トクダワラ・シンノスケ》」。その正体は当代将軍「徳下値吉好《トクシタネ・ヨシヨシ》」である。 当然ながら架空の人物である。 今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。 貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。 リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。 うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。 しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。 二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。 デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。 二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。 デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。「どうぞ、『お揉み』下さいませ」 「え?」 デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。 この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。「あ、私としたことが」 マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。「繋いでいては、お揉みできませんわ」 リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。「どうぞ」 「えっと?」 一体、何が「どう
デッカとリザベルは、現在「国賓」として、オニクランド共和国の特産品「オツパイン」の群生地を視察していた。 二人にとっては異国の地。二人の身を守る手段は、ティン王国内とは比較にならないほど少ない。 だからこそ、「護衛役」は頑張らなければならなかった。 デッカ専属護衛役、ブラリオ・ツィンコは、その全身に緊張感御漲らせながら、デッカの一挙手一投足に意識を集中していた。その視界には、デッカの隣にいる「イケメン豚面大男」の姿も入っていた。 イケメン豚面大男、オニクランド共和国大統領サイゼル・ポーク。 サイゼルは「デッカ達の案内役」として、オニクランドに付いて、あれやこれやと説明している。 今も、デッカの求めに応じるまま、オニクランドの独産品「オツパイン」に関する情報を提供し続けていた。その会話の内容は、ブラリオの聴覚にシッカリ捉えられている。「オツパインは、私も大好物でして。冬の間は食後のデザートの定番にしているのです」 「そんなに美味しいのですか?」 「はい。それだけでなく、見た目も素晴らしいのです」 「見た目――ですか?」 ブラリオの視界の中で、白い防寒服の貴公子(デッカ)がオツパイン樅を見上げた。その様子は、デッカの隣にいるサイゼルの視界にも映っていた。「樅木の下からでは分かり難いでしょう。宜しければ――」 サイゼルは、牙が突き出た口に微笑みを浮かべた。その僅かに吊り上がった口の端から、表情に見合った優しげな声が漏れ出た。「オツパインもご覧になりますか?」 「はい。オツパインも見たいです」 サイゼルの提案に、デッカは即応で食い付いた。 ここまでの会話に対して、ブラリオは全く違和感を覚えなかった。 ところが、デッカが「オツパインも見たいです」といった直後、異変が起こった。その様子は、リザベル専属護衛役、シア・ナイスの視界にも映っていた。 シア・ナイスは、極度の緊張状態にあった。心の中では戦闘態勢に入っていた。 そもそも、辺境伯量の騎士(騎士団副団長)である彼女にとって、外国とは即ち「敵国」なのだ。脳内で「相手は同盟国」と分かっていても、心は容易に受け入れ難い。 いっそ、斬り捨ててしまおうかしら? シアの心中では、戦闘狂の悪魔が「斬っちゃえ。斬っちゃえば楽になれるよ」と、散々シアをけしかけていた。 そんな折、シア