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第四話 俺のティンを握ってくれ

Author: 霜月立冬
last update Last Updated: 2025-07-12 12:11:21

 王立オーティン大学の学生食堂カフェテラス。その場所を知っている者にとって、「あそこ」、或いは「カフェ」で通じるだろう。

 しかし、行ったことの無い者、初耳の者が聞いたならば、「どこだよ?」と首を捻るのも致し方無し、宜なるかな。

 オーティン大学が有る場所「王都」、及び王都を要する「王領」の位置を確認したい。

 先ず、王領の位置に付いて。

 王領は、アゲパン大陸北東端に聳える峻険な山脈「ピタラ」麓に幅広く展開していた。

 次に、王都。

 王都オーティンは、王領北東端、ティン王国最奥に位置している。そこは「国王の在所」と言うことで、大量の資金、資材を投入して、最高の景観と最強の防衛機構を誇っている。

 都市の地面は白い石畳、ピタラ山脈にある「ピタラ石」と呼ばれる白い石を四角く切り出し、それをたを隙間なく、定規で測ったかのように敷き詰められていた。

 都市を囲む城壁もまた、雪山のように白く、高く、分厚い。それを見た者に「ピタラの一部」と錯覚させた。そのような高壁が、王都最全体と、王城の敷地の周りを二重に囲んでいる。

 因みに、王都民達は最外縁の城壁を「外壁」、王城の敷地を囲む内側の城壁を「内壁」と呼称している。

 外壁から内壁までの間が、所謂「城下町」。「王立オーティン大学が何処に有るか」と言うと、実は内壁の中、王城の敷地内に立っていた。

 王立オーティン大学。その外観は、ゴシック調でありながら「地球の学校」を彷彿とする四角四面の長方形型。その色も真っ白――だったものが、今は汚れて灰色になっている。

 そもそも、オーティン大学の歴史は古く、王国の教育機関では「最古」だった。

 大学を建てた(建てるよう命じた)者が、建国の王オーティン・ティンなのだ。その所以も有って、ティン王国では「随一の権威」を誇る教育機関となっていた。

 王国内で学問を志すならば、「第一志望」から絶対外せないだろう。正に「名門中の名門」。ここに入れたならば将来安泰。一家の繁栄は約束されたも同然だった。

 だからこそ、王領内は元より態々他の領土から受験する者は存外に多い。その内訳は、貴族八割、一般二割。王族となれば立場上在籍必須だった。

 王国第一王子(下に弟が一人)、デッカ・ティンの名前も学生名簿に書き込まれていた。

 デッカが大学構内を一人で歩き回っていたとしても、誰も不思議に思わない。むしろ、「今日もデッカ殿下のお姿(主に『デカいティン』)が見られて幸せ」と歓迎されていた。

 デッカのティンに畏敬の念を覚える者は存外に多い。今日も今日とて、デッカに羨望の眼差しが向けられていた。そのはずだった。

 ところが、今日に限って、デッカの姿を見掛けた者は、全員一様に首を捻った。

 はて? 王族の方々は「昼食の時間」では?

 王族の昼食。それは一日の食事の内で「メイン」と言えるほど特別なものだ。その為、最多量にして最豪勢。食事を終えるまでには、それなりに時間を要した。

 実際、他の王族達は今も食事中だった。デッカとしても「家族と食事を楽しみたい」という想いは有った。なにより腹の虫が騒いでいた。

 しかし、「今」は呑気に食事に興じる訳にはいかなかった。

 急がねば、ああ、急がねば。

 デッカは「急用」の為、昼食を抜いて「大学食堂のカフェテラス」へと向かっていた。

 現在時刻は午後十二時半ほど。約束の時間まで未だ三十分も有る。それでも、デッカは焦っていた。

 何とか「彼女」の耳に入る前に――間に合ってくれ。

 デッカとしては、今直ぐ全力疾走したい気分だった。

 しかし、一般学生が「全力疾走する王族」を見れば、「何事か?」と不安を覚えるだろう。要らざる混乱をもたらすことは、デッカとしても本意ではない。

 デッカは、なるべく平静に、普段通りを心掛けながら、目的地が有る場所、視界に映った「灰色の山」に向かって全力歩行していた。

 一方その頃、オーティン大学食堂カフェテラスには「一際大きなティンティン」を持つ令嬢の姿が有った。

 昼食時ということも有って、白を基調とした巨大建造物(食堂)には学生達の姿が有った。

 その建物の前庭が、件の「カフェテラス」。そこには白い一本脚の丸テーブルが幾つも置かれていた。

 テーブルを囲んで、白い背もたれ付きの椅子が、三脚、或いは四脚囲んでいた。

 そこにも学生達の姿が有った。しかし、彼らはみな端っこのテーブルばかりについていた。中央部分はがら空きだった。そのど真ん中に、一人の少女の姿が有った。

 リザベル・ティムル。ティン族史上最大のティンティンを持つ少女。未だ「十五歳」という若年でありながら種族の頂に立つ女傑。

 人々の羨望を集める存在であることは、リザベル本人も自覚していた。その為、人前では堂々と振舞うよう心掛けていた。

 今も、カフェテラスのど真ん中に置かれたテーブルの席で、ノンビリ食後のお茶を嗜んでいるところだ。その美麗な姿、彼女の優雅な所作を見た者は「流石でございますわ」と心中で拍手していた。

 そのような光景も、リザベルを含めた人々の心情も「いつものこと」だった。

 しかし、今日のリザベルは少しだけおかしかった。

 リザベルは現在進行形で茶を嗜んでいる。そのはずだった。しかし、実はカップに口を寄せているだけで、全く茶を飲んでいなかったのだ。

 幾ら平静を装っていても、「今」のリザベルは、ノンビリ茶を嗜んでいられるような精神状態ではなかった。

 ああ、デッカ様。私(わたくし)に何のお話が有るのでしょう?

 大事な「昼食時」にもかかわらず、デッカはリザベルを呼び出した。その用件に付いて考えると、彼女の心は「台風の日に干した洗濯物」のように激しく揺れた。脳内に「最悪の可能性」が閃く度、逃げ出したい衝動に駆られた。

 しかし、リザベルは逃げなかった。

 私でお役に立てることが有るならば、例え火の中水の中、ですわ。

 リザベルは固い覚悟を胸に秘め、何と「指定時刻より一時間も早く」現地に赴いていた。

 当然、デッカの姿は無い。その事実は、リザベルを不安にさせた。叶うならば、今直ぐデッカの傍に馳せ参じたいくらいだった。

 しかし、そこは王国最前線を守護する辺境伯の娘(長女)。父、アズル・ティムルの教え「食える時に食っておくべき」を尊重して、気が進まないながらも食事を摂った。それも「一般大学生の三倍」ほどモリモリ食べた。それでも、リザベルとしては抑えた方だった。

 リザベルは、その細身に似合わず健啖家だった。

 これまでのリザベルの半生に於いて「出された食事を残したこと」は一度も無かった。そのはずだった。

 ところが、今日に限って、リザベルは「食後の茶」を飲み干すことができなかった。

 ああ、デッカ様。あああああっ、デッカ様。

 リザベルはデッカが来るよう願ったり、来ないよう願ったり、自分でもどうしようもない複雑な感情に翻弄されていた。

 その最中、一陣の春風が吹いた。

「『リザ』、済まない」

「!」

 春風に紛れて、低音の美声が響き渡った。それに反応して、リザベルは声の主を見た。

 そこには、「一際デカいティンを持つ貴公子」が立っていた。

 終に来ましたわ。我が待ち人、デッカ・ティン様。

 ああ、終に来た。我が最大の難関、リザベル・ティムル。

 デッカは、リザベルの姿を認めるなり、彼女を「愛称」で呼んだでいた。その瞬間、不安げだったリザベルの顔が艶やかに綻んだ。

「デッカ様――」

 リザベルの美貌に満面の笑みが浮かんだ。しかし、それは一瞬で消えた。

 無様は晒せませんわ。

 リザベルは直ぐ様令嬢然とした澄まし顔をした。その表情は、デッカの心底に燻る不安を煽った。

「待たせてしまったか」

 デッカは「申し訳ない」と頭を下げてから、リザベルのテーブルに近付いて、対面の席に腰を下ろした。

 デッカが着席したところで、リザベルは静かにティーカップを置いた。続け様にユックリ立ち上がって、両手で制服のスカートの両端を摘まみ、右足を下げ、左膝を軽く曲げて、

「『お久しぶり』に御座います、デッカ殿下」

 デッカに向かって丁寧な挨拶(カーテシー)をした。その行為、所作は、誰もが見惚れるほど優雅だった。

 しかし、この場に居合わせた学生達は、リザベルの「お久しぶり」という言葉を聞いて首を捻っていた。

 昨日もお会いしていたのでは?

 デッカとリザベルは同じ大学に通う同級生。選択している講義も殆ど、いや、全部同じものを取っている。

 尤も、午前中はデッカが王城にいる場合が多く、二人の出会いは午後からになりがちではあった。

 しかしながら、二人は毎日のように大学で会っていることは事実。それを知る学生達にしてみれば、「お久しぶり」も何も無い。彼らが首を捻るのも致し方なし、宣なるかな。

 しかし、言葉で分かり合えるほど、「人間」という生き物は単純ではない。学生達の感覚(常識側)では、リザベルの心情(非常識側)は理解し難かった。

 ああ、デッカ様。十八時間五十三分ぶりでございます。こんなに会えない時間が長いと、私どうにかなってしまいそうでした。

 リザベルとしては毎秒、それも永遠にデッカの傍に居続けたかった。一秒たりとも離れていたくは無かった。それを半日も我慢していたのだから、その根性と自制心は「天晴れ」と褒められて然るべき(ですわ)。と、リザベル本人は思っている。

 尤も、リザベルの心情が他者に分かる訳がない(聞いたとしても理解できない)。デッカにしても、リザベルの落ち着き払った様子を見て、一抹の寂しさを覚えていた。

 しかしながら、一方では「より以上の安堵」を覚えていた。

 ああ、良かった。未だ「あのこと」はリザの耳に入っていなさそうだ。

 あのことと。それは、デッカが「リザベル以外の女性のティンティンを触った」という裏切り行為に他ならない。叶うならば、今生でリザベルの耳に入れたくなかった。

 しかし、それは叶わぬ願い。それが良く分かっているからこそ、デッカは清水の舞台から飛び降り、そのまま地面に空いた虎穴に飛び込み、底で燃え盛る火中の栗を拾おうと、リザベルを呼び出したのだ。

 今、デッカは自ら望んで窮地に立った。

 デッカの足下には「リザベルの逆鱗」という地雷原が広がっていた。

 一触即発。踏めば即爆発。息をするのも気を遣う。そんな危機的状況にあって、デッカは「自前の爆弾」を用意して、その起爆装置を――

「実は、今朝のことなのだが――」

 全力で押し込んだ。

 デッカは「今朝の出来事」を、極力控えめな表現で、正直に話してしまった。その話が終わった瞬間、カフェテラスから「音」が消えた。

「「「「「…………」」」」」

 時間が止まった。そのように錯覚するほどの静寂。それを打ち破った勇者は、リザベルだった。

「その女性の――『ティンティンをお触り』になった? と?」

「まあ、はい。そうです」

「…………」

 ティンを触る。ティン族にとって、その行為は特別な意味を持っていた。

 簡潔に言えば、「主従関係を結ぶ為の儀式」というものだ。それが転じて、異性に対しては「婚姻関係を結ぶ儀式」とされていた。

 デッカは婚約者を持つ身でありながら、他の女性のティンティンを触った(摘まんだ)。その事実を、たった今、婚約者当人に告げた。

 それを聞いたリザベルの心情が穏やかであろうはずも無い。瞬間湯沸かし器並みの速度で怒り狂って当然だろう。ところが、

「そうですか」

 リザベルは平静だった。彼女の顔は全くの無表情だった。その様子を見れば、「落ち着いているな」と思えた。いや、思いたかった。

 しかし、現況の静けさは、嵐の前のそれだった。

「デッカ様」

「はい」

「もう一度、確認いたします」

「はい」

「その女性の『ティンティンに触れた』のでございますね?」

「は、えっと――」

 リザベルの口調は、平静ではあった。しかし、冷淡だった。それこそ、彼女の級友アリアナ侯爵令嬢を彷彿とする、いや、それ以上に冷たかった。その声を聴いた瞬間、全員の耳が凍り付いた。

 滅茶苦茶痛いっ!!

 カフェテラスに居合せた殆どの者、デッカとリザベルを除く全ての者が、声にならない悲鳴を上げながら、耳を抑えて蹲った。

 俺達、このまま死んでしまうのでは?

 その場にいた誰しもが、己の不運を呪った。神様に救いを求めた。

 すると、「一人の男」が応えてくれた。

 俺が何とかするしか――無い。

 デッカは一命を賭す覚悟で「動く氷結地獄」に挑んだ。

「俺は王族の務めを果たすべく――そう、『手袋』だ。手袋を嵌めて、手袋越しに、彼女のティンティンに、手袋で触れたんだ」

 デッカは、敢えて「手袋」を強調した。その事実は「儀式の正当性を否定する要因」となり得るものだった。少なくとも、デッカはそう思っていた。ところが、

「『触れた』のですよね?」

 リザベルの関心は「デッカが自分に外の女性のティンティンに触れた」という事実のみ。他の要素など、全く眼中に無かった。

 リザベルの質問は、「最後通告」或いは「死刑宣告」に等しいものだった。デッカとて、その可能性、いや、事実は痛いくらいに理解していた。しかし、

「――――…………はい」

 デッカとしても、「触れた」と言った以上、それを否定することはできなかった。

「そう――……ですか」

 リザベルが声を上げると、周囲の空気が震え出した。それに併せて彼女の足下の地面までもが震え出した。

 周囲の者の視界に、「リザベルの長い髪が『炎』のように揺らめきながら逆立つ様子」が映っていた。

 俺達は今、地獄の真っ只中にいる。あそこに「地獄の魔王」がいる。

 修羅場は不可避だった。誰もがそう思っていた。誰もが自分の最期を直感していた。

 しかし、希望は有った。救世主がいた。いや、そもそも「全てそいつのせい」ではあった訳だが。

「リザ」

「…………」

 デッカはリザベルを愛称で呼んだ。しかし、リザベルの顔に笑顔は無かった。それでもデッカは挫けなかった。

「君に頼みが有る」

 デッカはリザベルに話し掛け続けた。その行為に意味は有った。

 デッカには「秘策」が有った。「それ」を思い付けたのは、実は「今回の件」のお陰だった。

 ティン族にとって「ティンに触れさせる」という行為は「全てを捧げる」ということを意味する。ティン族ならば誰もが知っていることだ。リザベルも熟知している。

 だからこそ、デッカは「それ」を利用した。

「俺のティンを握ってくれ」

 デッカはリザベルに全てを捧げた。

 果たして、リザベルはデッカのティンを握るのか? デッカは破局の危機を乗り越えることができるのか? 王国滅亡の危機は回避できるのか? カフェテラスに居合わせた学生達は救われるのか? この話を続きを読んで下さる心優しい素敵な読者は現れるのか?

 次回、「第五話 私のティンティンをお握り下さいませっ」

 握り合えば分かり合えるのか? それは、神であっても分からない。

※拙作をお読み下さり感謝いたします。

 宜しければ評価、感想などを頂けますと、涙が出るほど嬉しいです。

 今後とも宜しくお願い致します。

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